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~ 2000年 台湾台北市 ・ 世界学術検討会発表論文 木暮 均 ~
 
脳の反射区の押圧で起きた“反応”

1998年にクモ膜下出血で倒れ病院での手当が遅れたO氏の例です。医師によれば、このままだと30分後には死に至り手術をしても植物人間という状態でした。家族の決断で手術は施されましたが、出血のため脳が右に寄ってしまい脳のシワさえ無くなり植物人間になっていたそうです。
それから1ヶ月後のある日、家族の依頼を受け施術に伺った私は、O氏の脳の反射区を持続的に押圧しました。その時のO氏は呼吸器を付け、目は焦点が合わず叩いても話しかけても全く反応がない状態でした。そのまま40分ほど揉み続けると、突然、O氏は痛そうに足を縮め深いため息をついたのです。家族は大喜びで涙を流しました。そのため息は家族には“声”に聞こえたに違いありません。
  彼の反応に対し、私はこう考えました。「脳からの指示で身体は動かなくとも、足からの刺激では反応し、呼吸も自発的に出来るのだ。ということは、この刺激に反応する脳細胞は、まだ生きている!」と。
家族の愛情と信念が起こした“奇跡”

この日からO氏の家族は娘さんを中心に足揉み健康法を実践しました。それから5日後、驚異的な出来事が起こりました。仕事から帰った私がいつものように留守番電話を聞くと、「もしもしOです」と娘さんの声。「・・・父が、父が今日、私の呼びかけに応答したんです!右手で『OK』『ピース』『バイバイ』ができて、瞼も私が言った回数だけ閉じられたんです。先生、ありがとう!」。テープから聞こえた娘さんの突き抜けるような明るく弾んだ声は今でもはっきりと耳に残っています。
1ヶ月後、CTスキャンでO氏の脳が中央に戻りつつあり、シワが出てきたことが確認され、車イスにも乗れるようになったとの連絡が入りました。こうした奇跡は忙しくても時間を作り、愛情と信念を持って足を揉み続けた家族の努力が起こしたと言えましょう。
奇跡は“運”ではなく“現実”

あれから2年、O氏は左半身に後遺症が残るものの、箸を使って食事ができます。字も普通に書け、ゆっくりですが言葉もきちんと話せるまでに回復しています。それまでの経過を見ていて私が気付いたのは、彼が食生活の改善や心と身体の調和のあり方を足揉み健康法を通じて楽しみ、更なる好転を信じて生きているということです。
私は奇跡を確率的な“運”とする考え方が嫌いです。奇跡は本人と周りの人が努力と信念によって勝ち取った、驚異的な“現実”なのです。そして足揉み健康法はその“現実”を起こしたのです。
最後に、O氏のいた病院の病室で同部屋だった患者さんは皆さん、足を揉まれていることをお伝えしておきます。
O氏の場合(娘さんより)

「信じる者は救われる」耳なれているフレーズですが、まさしくあの時は全てに感謝する気持ちでいっぱいになりました。健康には人一倍注意を払っていた父の突然の発病。日頃から口数の少ない中にも私の事を気遣い、愛情を注いでくれていた父に対し、何もできないでいた私は、とても罪深く許されない心境の毎日でした。そんな中、木暮先生の迅速なご配慮で父に施術をしていただくことができ、先生の「きっと目をさまされますよ」の励ましの言葉に願いを込めて、私は父の足を毎日毎日揉んでいました。『足は常に綺麗にち垢を落とし、温め、下から上へ揉む』と、家族で都合をつけながらの足揉みリレーでした。

 あの奇跡の日の事を思い出すと今でも目頭が熱くなりますが、どんな時でも、どんな状態でも、親は子に教えをくれるものだと感謝しています。決して諦めてはいけない、家族の在り方、病気と向き合う事、全て父が私達になげかけ、解いてくれていることばかりです。

 現在、兄家族と共に暮らすようになり、週に三度の市のリハビリ教室に通う父は、クラスの中で“若い人”と呼ばれているのだそうです。父は現在64才、現役で働いている人を思うと少し淋しい気持ちになりますが、あの奇跡の日のことを大切に感謝しなくてはいけないと気持ちを正しています。

 簡単にできるはずの足揉みも、身近ゆえに後まわしになってしまっている現状と共に、毎朝、父からの電話に「足揉み再開」を誓いたいと思います。